


| マツダの布陣は新型の787Bの2台と前年型787が1台。バイドラー、ハーバート、ガショー組の55号車とケネディ、ヨハンソン、サラ組の18号車が787B、従野、寺田、デュドネ組が乗る56号車が787である。その年の有力チームは、前年優勝のジャガー、優勝候補No.1のメルセデス・ベンツなど、いずれも強豪が相手だった。
午後4時、レーススタート。元々テストのつもりで参戦していた2台のプジョー905が耐久性を無視して飛び出し、トップに立つ。この年はタイムの遅い3.5リッターNAエンジン車が前列からスタートする規定であったため、メルセデスC11、ジャガーXJR12、マツダ勢は遅いマシンをパスしながら先頭を追いかけていく。 マツダはパッシングに少しもたつき、やや出遅れたが、6LAP目にはトップと変わらないタイムをたたき出してジリジリと追い上げる。8LAP目、プジョーの1台がピットで給油中にガソリンがエグゾーストに引火して火災発生、また残る1台もレース開始3時間後にエンジンブローでリタイア。プジョーは早々と姿を消した。 |
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その後もマツダ勢は順調に周回を重ねていった。4時間が経過した時点でのオーダーは、1位から3位までをメルセデスが独占、その後をジャガーが追い、5番・6番手はポルシェ、そしてマツダの55号車が7位の好位置につけていた。さらに夕暮れが迫る午後10時ごろには55号車はジャガーに猛追、これを抜いて4位となる。 |
| レースは舞台を夜のステージに移す。暗闇の中でメルセデスの一角が崩れた。1台が予定外のピットイン、戦線から滑り落ちていく。この間、マツダの55号車は一度は抜いたジャガーと激しく3位の座を争っていた。両者のデッドヒートは夜の間中、じつに8時間を越えて繰り広げられることとなった。 | ![]() |
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午前5時ごろ、ついにマツダは追いすがるジャガーを振り切り、3位を独走。ル・マンの夜明けを迎えられたクルマは20台にまで減っていた。この時、先頭を走るメルセデスとの差はおよそ4LAPであった。 |
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午前10時、2番手のメルセデスにトラブル発生、ミッションの修理のため25分間もピットに入る事となってしまう。これによって55号車は2位を走ることになった。マツダのピットに、このまま行けば表彰台は確実だという空気が広がった。しかしチーム監督は1LAPにつき1秒の短縮を指示、メルセデスを追い上げる作戦に出る。無謀だという声が上がった。それは下手をすれば2位の順位も失いかねない賭けだった。 |
| 監督はクルー達に言った。「2位では今までの屈辱は何になるんだ」そう、ロータリーにとって優勝以外では意味が無いのだ。エンジニアは言った。「我々の作ったエンジンは絶対に壊れない」55号車はトップのメルセデスに対して猛追を開始した。マツダに対抗して、メルセデスもさらにタイムを上げる。エンジンの耐久力勝負となった。果たしてどちらが生き残るのか…? | ![]() |
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レースの残り時間も4時間あまりとなった午後12時50分、突然トップのメルセデスがピットに滑り込んだ。オーバーヒートだった。無理なハイペースがたたり、冷却系にトラブルが発生したのだ。55号車との差は3LAP、メルセデスがピットに張り付いている間に、一周、また一周と追い上げ、午後1時4分、ついに55号車はトップに躍り出た。 オーバーヒートしたメルセデスは、一度はピットアウトしたもののすぐにリタイア。もはや敵はどこにもいなかった。しかも残る2台のマツダも6位と8位を快走していた。午後3時45分、ゴールを間近に控えて3台がランデヴー走行に入る。そして観衆の大喝采の中、ついにマツダと、ロータリーエンジンは栄光のチェッカーフラッグを受けたのだった。 |
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