



ロータリーエンジンは、ローターがハウジングの内壁と接しながら回転している。その接点は隣り合う作動室同士を区切り、ガスが洩れ出さないように密閉空間を作りだす必要がある。しかし固体同士がこすれあいながら回転しているため、摩耗が起きてしまうという問題があった。(ロータリーの構造上、レシプロエンジンのピストンリングのような油膜による潤滑はできない)特にアペックスシールが接するトロコイド面に発生する摩耗は、エンジンに重大なトラブルを引き起こしてしまうものだったのである。
上の右側の写真は「チャターマーク」と呼ばれるトロコイド面に発生した波状摩耗の様子で、アペックスシールの共振によって内壁が削り取られてしまっているのがわかる。チャターマークはミクロン単位の摩耗であっても、高い圧力がかかるエンジンにとっては致命的で、これを生じたエンジンはガス漏れを起こし、性能はガタ落ちになってしまう。この「チャターマーク」の解消こそがロータリー開発成功の鍵となったわけだが、エンジニア達に「悪魔の爪痕」と呼ばれたこの現象を解決するまでには、想像を絶する苦難が待ち受けていたのだった。
開発陣はまずアペックスシールに適した材料探しから始めた。シールの材質は堅すぎればハウジングを摩耗させてしまうし、柔らかすぎれば今度は砕け散ってしまう。金属・非金属を問わず、さまざまな材料が試されては振るい落とされていき、その数は500種類にも及んだ。中には牛の骨まで試されたというが、「悪魔の爪痕」を消すことはできず、失敗作のエンジンが山のように積み上げられていった。

上の図は、開発段階で好成績をあげたクロスホローと呼ばれる手法である。シール内に格子状の穴を開け、シールの共振周波数を変化させるという技術であった。この技術は本家NSUにも高く評価され、開発陣の意を強くすることとなった。戦後、西洋の技術をやみくもに追いかけていた日本が、自分たちの独自技術で世界の先頭に立ったのである。しかしながらこのクロスホローをもってしても、エンジンの耐久性は走行5万キロ程度が限界で、市販車に搭載できるレベルには達していなかったのである。

最終的な解決策となったのは、アルミを特殊な方法で染み込ませた高強度カーボン素材だった。ある日、日本カーボンという会社が新幹線用のパンタグラフに用いるために新素材を開発したというニュースを聞きつけたエンジニアが、アペックスシールへの応用ができないかと考え、両社の共同開発の結果完成したものである。この素材の開発成功によってロータリーエンジン実用化へのメドが立ち、ついに1967年5月、先進のメカニズムにふさわしい流麗なボディをまとったスポーツカー、「コスモスポーツ」がデビューしたのであった。
現在ではシールの材質には金属製のものが使われている。これを可能にしたのはトロコイド面のクロームメッキ処理の強化や、電子ビーム法によるシール表面へのチル加工などによるものである。(チル加工とは主として鋳鉄品の表面硬化に利用される方法であり、フレーム・高周波加熱等により鋳物表面を溶融、自己冷却によりチル化(白銑化)して硬化するプロセスをいう)
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